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広島地方裁判所 平成10年(行ウ)26号 判決 1999年5月18日

広島市東区上温品一丁目七番一五号

原告

垣内田睦

広島県安芸郡海田町大正町一番一三号

被告

海田税務署長 大木洋

右指定代理人

内藤裕之

谷口正人

牛尾義昭

桂幹夫

甲斐好德

下方宏展

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が平成八年一二月二六日付で原告の平成七年分の所得税についてした更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

原告は不動産賃貸業者であり、いわゆる青色申告者である。

原告は被告に対し平成八年三月一五日平成七年度の所得税について総所得金額を九二〇万一一九一円(うち別紙目録の建物(以下「本件建物」という)に係る不動産所得額を九二万三七七三円)、納付税額を四〇万一〇〇〇円とする確定申告書を提出した後、平成八年四月四日必要経費の計上漏れがあったことを理由に更正の請求書を提出し、同年九月一七日右建物の建築に係る住宅金融公庫からの借入金七六〇〇万円(以下「本件借入金」という)に係る平成七年度分の支払利子六六万五六一七円と住宅金融公庫からの融資に関し広島総合銀行に支払った代行手数料二〇万六〇〇〇円との合計額八七万一六一七円(以下「本件利子等」という)の全額を必要経費に計上して総所得金額を八三七万八四九八円(うち右建物不動産所得金額一〇万一〇八〇円)、納付税額を二三万六四〇〇円とする訂正の更正の請求書を提出した。

これに対し被告は平成八年一二月二六日総所得金額を八五二万一六七四円(うち本件建物不動産所得金額を二四万四二五六円)、納付税額を二六万五〇〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という)を行った。

原告は平成九年一月二七日国税不服審判所長に対し本件更正処分のうち本件建物不動産所得に係る部分を不服として、本件更正処分の一部取消を求めて審査請求を行ったが、国税不服審判所長は平成一〇年八月三一日原告の請求を棄却する旨の裁決を行った。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁(処分の適法性)

本件建物には原告の自宅用部分と不動産所得の収入源である賃貸用部分とがあり、右建築請負に係る見積書及び注文請書においてその請負代金は原告の自宅用部分と賃貸用部分の区分がなされておらず、その支払方法も原告の自己資金及び本件借入金からの工事の進行状況に応じて総額に対する一定の割合に応じた三回の支払と完成引渡時の支払とに分割されており、右建物の建築費用のうち賃貸用部分に係る費用を明らかに区分することはできないから、右建物の建築費用の資金となった本件借入金は右建物全部の建築費用に均等に及び、これに付随する本件利子等も必要経費に算入されない家事関連費に該当するものというべきである。

本件更正処分は本件建物における賃貸用部分の床面積割合により本件利子等の賃貸用部分に対応する金額七二万七八〇一円を算出し、原告の不動産所得の必要経費として控除したものであるが、賃貸用部分の建築費用を明らかにできない場合には右のような方法によって賃貸用部分に係る本件利子等を算出するのが合理的である。なお、右床面積割合は原告自身が確定申告書に添付した青色申告決算書において右建物の賃貸用部分の減価償却費の計算に使用しているものである。

したがって、本件更正処分は適法である。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

本件建物の請負契約では自宅用部分の建築費と賃貸用部分のそれとを詳細に区分していないが、原告は自宅用部分の建築費用について全額個人負担し、賃貸用部分の建築費用の一部について住宅金融公庫に借入を申し込み、同公庫に対する賃貸住宅建設資金借入申込書にはその旨明記しているから、本件利子等の全額は賃貸用部分の建築費用に係るものである。

したがって、本件更正処分のうち原告の平成八年九月一七日更正の請求に係る所得額を超える所得額認定は過大であり、違法である。

理由

請求原因事実は当事者間に争いがない。

所得税法四五条一項は家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるものは所得の必要経費に算入しないものとし、同法施行令九六条一号は家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費に限り必要経費に算入し、それ以外は必要経費に算入しないものとしている。したがって、家事上の経費のうち前記各所得を生ずべき業務の遂行上必要な部分として明らかに区分できない費用は、原則として必要経費に算入することができない。

ところで、甲第一号証、第三乃至第五号証、乙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物は原告の自宅用部分と不動産所得の収入源である賃貸用部分とがあり、それぞれが別個独立に存在するものではないこと、右建物建築に係る請負契約においては見積書及び注文請書には右建物全体の建築代金として一億五一〇三万円(消費税込み)が計上され、居住用部分と賃貸用部分の建築代金の内訳についての約定はないこと、右建築代金の支払方法についても代金全体に対する割合に応じた部分払を三回行い、完成引渡時に残金を公庫融資によって支払うとの合意があるのみで、自宅用部分の建築代金の支払方法と賃貸用部分のそれとを区別する約定はないこと、原告による右代金の現実の支払状況は平成七年六月三〇日に四五三〇万九〇〇〇円(全額自己資金による)、同年七月二八日に四五三〇万一〇〇〇円(自己資金二九七二万一〇〇〇円及び広島総合銀行からの借入金一五五八万円による)、同年九月二八日に三〇二〇万円(広島総合銀行からの借入金四五七八万による、右借入金は後に本件借入金より返済)、同年一〇月三〇日に三〇二二万円(本件借入金による)であり、居住用部分及び賃貸用部分の区別なく、工事の進行状況とは無関係に分割支払がなされたこと(なお、本件利子等の中には広島総合銀行からの借入に伴うものも含まれていること)が認められる。

右認定事実によれば、本件建物には原告の自宅用部分と不動産所得の収入源である賃貸用部分とがあるが、右建築請負契約上自宅用部分と賃貸用部分の請負代金の区分がなく、支払方法も全体を分割したのみで賃貸用部分の支払を区分するに足りるものはなく、右建物の建築費用のうち賃貸用部分に係る費用を明らかに区分することはできないものというべきである。

したがって、本件建物の建築費用の資金となった本件借入金は右建物の自宅用部分と賃貸用部分の全部の建築費用に均等に及び、これに付随する本件利子等も家事上の支払と不動産所得に係る必要経費としての支払との両方の性格を有する家事関連費であるが、賃貸用部分に該当する部分を明らかに区分することができず、必要経費に算入することはできない。

原告は抗弁に対する認否のとおり原告が本件建物の自宅用部分の建築費用について全額個人負担し、賃貸用部分の建築費用の一部について住宅金融公庫に借入を申し込み、同公庫に対する賃貸住宅建設資金借入申込書にはその旨明記しているから、本件利子等の全額は賃貸用部分の建築費用に係るものである旨主張し、甲第三号証によれば、原告は住宅金融公庫に対し右建物の建築資金の借入を申し込み、その際賃貸住宅建設資金借入申込書の「借入希望部分」欄の「記入する戸数などは公庫の融資を受けて建設する賃貸住宅の部分を記入してください」との注意書に従い、借入希望の対象を右建物の全体(計九戸)ではなく賃貸用部分(計八戸)と表示したこと、右申入を受けて住宅金融公庫から事業承認通知書及び融資予約通知書が原告に交付された(その「融資予定の内容」欄には「住宅部分八戸」との記載がある)ことが認められる。

しかしながら、所得税法施行令九六条一号の「明らかに区分」とは客観的に明確であることを要し、納税者が主観的にそう思っていただけでは足りないほか、右賃貸住宅建設資金借入申込書の記載は住宅金融公庫による融資条件による融資対象の特定に必要な条項にすぎず、これがあるからといって、直ちに前記認定の事実関係に関わらず、本件借入金が本件建物のうちの賃貸用部分のみの建築費用として使用したものとみなされるべき筋合いのものではない。

甲第二号証によれば、店舗兼用住宅取得に際し国民金融公庫から融資を受けた場合にはその借入金利息の全額が必要経費に算入される取扱が存するやにうかがわれるが、右は国民金融公庫の目的(国民金融公庫法一条)及び業務の範囲(同法一八条)が事業資金等の融資に限定されることによるものと解され、それと住宅の建設及び購入に必要な費用を融資する住宅金融公庫の目的(住宅金融公庫法一条)及び業務の範囲(同法一七条)とはまた別異であるから、住宅金融公庫からの融資が国民金融公庫からの融資と同一に扱われるべきものではない。したがって、本件利子等のうち住宅金融公庫以外からの借入に付随する部分についてはもちろんのこと、同公庫からの借入に付随する部分についても必要経費に算入する扱いをすることはできない。

ところで、自宅用部分と賃貸用部分を含む建物を借入金により新築した場合で、両部分を明確に区分でき各部分の床面積が明らかな場合に、明確な床面積割合という基準により不動産所得の必要経費の額に算入する額を算出する方法をとることは、格別所得税法及び同法施行令の趣旨に反するものとは解されないから、右方法による右取扱は適法と解される。

前掲各証拠によれば、本件建物の賃貸用部分と居住用部分とは明確に区分でき各部分の床面積は明らかであり、賃貸用部分の全体に対する床面積割合は〇・八三五(小数点以下第四位切り上げ)であることが認められ、被告は本件更正処分において本件利子等に右割合を乗じて算出した額を必要経費として認めたものと認められる。

したがって、本件更正処分は適法である。他に右更正処分の違法を首肯させるような事情は見当たらない。

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

平成一一年二月一六日口頭弁論終結

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 橋本眞一 裁判官篠原絵理は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 矢延正平)

目録

広島市東区上温品一丁目七五二番地二、七五二番地一

家屋番号七五二番二

鉄筋コンクリート造スレート葺地下一階付三階建共同住宅倉庫

床面積 一階 二五二・六三平方メートル

二階 一八九・一五平方メートル

三階 一八九・一五平方メートル

地下一階 八一・〇三平方メートル

付属建物

鉄筋コンクリート造スレート葺平家建店舗

床面積 五八・〇二平方メートル

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